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神戸地方裁判所 平成6年(行ウ)30号 判決

原告

神戸陸運株式会社

右代表者代表取締役

鈴木晴男

右訴訟代理人弁護士

大下慶郎

西修一郎

被告

兵庫県地方労働委員会

右代表者会長

本田多賀雄

右指定代理人弁護士

安藤猪平次

被告補助参加人

池田年巳男

被告補助参加人

四方優

被告補助参加人

中村浩之

被告補助参加人

長野愼治

被告補助参加人

元川弘行

被告補助参加人

吉村英人

右六名訴訟代理人弁護士

中北龍太郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用(参加費用を含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が兵庫県地労委平成四年(不)第四号事件について平成六年八月二日付けで行った命令(主文別紙のとおり)を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、運送会社である原告の従業員である被告補助参加人らが所属していた労働組合が、原告に業務中腕章の着用等を行う旨を通告したのに対し、原告が被告補助参加人らを含む組合員に運転業務でなく会社構内業務を指示した結果、被告補助参加人ら組合員が乗車業務に関する賃金・手当等を失ったとして組合が申し立てた救済命令申立てにつき、被告が原告の右行為は正当な組合活動としての腕章着用に対する不利益取扱いであり不当労働行為に該当するとして発した救済命令に対し、原告からその取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等(〈証拠・人証略〉)

1  当事者

(一) 原告は、タンクローリーによる油脂輸送を主たる業務とする株式会社であり、平成三年当時、タンクローリー運転手たる従業員は二五名、その他の従業員は一〇名であった。

(二) 被告補助参加人らは、原告のタンクローリー運転手たる従業員であり、本件救済申立当時、陸上貨物運送事業の労働者を主体に構成された労働組合である全日本運輸一般労働組合神戸支部(以下「組合」という。)に所属し、平成三年当時、被告補助参加人ら六名と他の二名の原告従業員の合計八名で、組合の神戸陸運分会(以下「分会」という。)を組織していた。

なお、平成五年八月三一日、当時の分会員九名は、組合を脱退し、同年九月一日、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部に加入した。

2  分会の組合活動等

(一) 分会は、昭和五九年、原告が当時経営していた海上コンテナー輸送部門を分離したことに反対する従業員が中心となって結成された。

分会員の数は、昭和六一年八月当時六名、昭和六二年から昭和六三年にかけて退職者三名、脱退一名が出て二名となった時期があったが、平成元年に一一名加入して一三名となり、平成二年に退職者二名、脱退三名が出て、平成三年当時八名であった。

(二) 昭和六〇年の春闘時、分会は、組合旗の掲揚や腕章の着用等を原告に通告したのに対し、原告が、分会長に対し、その撤回を要求するとともに、腕章着用による乗務は得意先から出入り禁止とされるおそれがあるとして、分会員による車両運行を停止せざるを得ない旨を通告したということがあった。

結局、この年の春闘では、腕章を着用した状態での乗務は行われなかった。

(三) 平成元年の春闘時、分会は、原告に対して腕章着用等を通告したが、春闘要求がある程度入れられたと評価し、腕章着用には至らなかった。

平成二年の春闘時も同様であった。

3  平成三年春闘の経過

(一) 分会は、平成三年三月一三日に春闘要求書を原告に提出し、第一回団体交渉が四月四日に開かれ、次いで同月八日に第二回団体交渉が行われた。

(二) 第二回団体交渉において、原告は、要求項目のうち、分会が重点項目としていた残業とクリーニング作業(タンクローリー車両のタンク内の洗浄作業。当該車両に乗務した者が行っていたが、取引先や積載内容により洗浄の必要性が異なるので、配車により、従業員間の作業量に格差が生じていた。)の平均化及びクリーニング手当の改定について全従業員間の個人差を調査の上回答するとしたが、分会は、従業員間の残業やクリーニング作業等の個人差は大きく、また、平成二年以前の春闘から要求し続けてきたものであり、原告の右回答には誠意が見られないとして、このような原告の態度に対抗するため、原告に対し、組合旗の掲揚及び腕章着用(以下、乗務中に腕章を着用する行為を「本件腕章着用行為」という。)並びに車両運転席前面へのステッカー掲示を通告した。

(三) これに対し、原告は、腕章を着用して得意先への乗務につくことは営業上支障をきたすとし、さらに、分会が得意先の構内への入構時には腕章を外すので乗務させるようにとの要望をしたのに対し、ドライブインで競争相手の運送会社の者に会う、路上で得意先の者から目撃されるなどの営業上の問題があるとして、被告補助参加人ら当時タンクローリー乗車勤務に従事していた分会員全員に対し、四月九日から乗務を指示しなくなり(以下、原告が分会員に乗務の指示をしなかったことを「本件乗務拒否」という。)、会社構内での洗車及びクリーニング作業を指示した(以下「本件業務命令」という。)。

なお、この当時、業務指示は、配車表に記載することにより行われていた。

(四) 分会員は、同月九日、組合旗を掲揚し、会社の制服である作業服の上に幅約一五センチメートルの赤布地に白で「運輸一般」と染め抜いた腕章(以下、この形状の腕章を「本件腕章」ともいう。)を着用して、本件業務命令に従い、洗車及びクリーニング作業の構内業務に従事した。

(五) 同月一六日、団体交渉の席上、分会が分会員に対する洗車等のみの割当は不当労働行為であるとして抗議したところ、原告は、以後、配車表により、一般的に地上勤務と指示するのみで、具体的な業務内容(洗車、クリーニング作業等)の指示を行わなくなったので、分会員は仕事がなくなり、労働時間中を会社控室等で過ごした。

(六) その後数回の団体交渉が行われたりしたが、進展はなく、ようやく五月一五日に、分会が、同月二〇日以降の乗務について、車両をクリーニングされた状態に戻すこと及び分会員が乗務できるようになった時点で組合旗を降ろし、腕章を外すこと等を内容とする要望書を原告に提出し、同月一七日、組合旗・腕章を外し抗議行動を中止したことから、原告は、同月二二日以降、順次分会員を乗務させた。

4  支払われた賃金等

本件乗務拒否当時、運転手たる従業員の賃金構成は、基本給と勤続給に、危険物手当、無事故手当、休日出勤手当、残業手当、深夜残業手当、クリーニング手当、家族手当及び通勤費を合計したものとなっており、それ以外に諸掛け(長距離走行時の食費補助の名目で、三〇〇キロを超える走行距離の二分の一に、一キロ当たり六円を乗じた額。分会員の平均月額は二万円ないし三万円程度であった。)が支給されていた。

しかし、分会員については、四月九日から五月二〇日までの本件乗務拒否により、休日出勤手当、残業手当、深夜残業手当及び諸掛け等が支給されず、当該期間にかかる支給額は大幅に減少した。

5  救済命令の申立てと発令

組合は、被告補助参加人らに対する本件乗務拒否が不当労働行為にあたるとして、被告に、平成三年五月分(原告の賃金計算は毎月一五日締めであるので、同年四月一六日から同年五月一五日までとなる。)の乗務をすれば得られたであろう賃金額と既受領額との差額の支払を救済方法とする救済命令の申立て(兵庫県地労委平成四年(不)第四号事件)をした。

これに対し、被告は、「一般に就業時間中の腕章着用行為が、正当な組合活動かどうかを判断するに当たっては、腕章着用に至る経緯と会社の業務内容、労働者の職務内容、腕章の形状及び文言等を勘案した上での業務阻害性を具体的に検討することを要する」とした上、原告が分会からの腕章着用の通告段階で腕章の形態を問うことなく直ちに乗務拒否を行ったことは正当なものとはいえないとし、また、分会員が実際に行おうとした本件腕章着用行為については、それにより会社業務を阻害するものではないことを認定し、分会の団結示威行為として正当な組合活動の範囲を逸脱するものとはいえないとして、原告が乗務拒否を行い、その結果、被告補助参加人らの賃金等を減少させたことは不当労働行為である旨の判断をして、平成六年八月二日付けをもって、救済命令(以下「本件命令」という。)を発し、右命令書は同月一〇日、原告に交付された。

二  争点

1  本件腕章着用行為は、労働組合の正当な行為といえるか。

2  原告がした本件乗務拒否ないし本件業務命令は、分会員に対する不利益取扱い(労組法七条一号)に該当するか。

3  差額支払を命じたことの相当性

三  争点に関する当事者の主張

(争点1について)

1 原告の主張

(一) 腕章着用での就労は、債務の本旨に従った労務の提供でない。

(二) 勤務時間中の腕章着用は、労働者の職務専念義務に反し、その具体的態様や現実に当該職務の遂行を阻害するか否かを問わず、正当な組合活動とは認められない。

2 被告、被告補助参加人らの主張

(一) 腕章着用での就労が正当な組合活動に該当するか否かは、腕章着用に至る経緯と会社の業務内容、労働者の職務内容、腕章の形状及び文言等を勘案した上での業務阻害性を具体的に検討して判断すべきである。

(二) 分会が本件腕章着用を原告に通告するに至った経過、原告の業務内容及び分会員の職務内容、本件腕章の形状等から、本件腕章着用行為は、原告の業務を阻害するものでなく、正当な組合活動である。

(争点2について)

1 原告の主張

従業員をどこでどのような業務に従事させるかは、会社が、業務の内容及び得意先の意向等を勘案し、経営上の裁量により決定するものであるところ、本件業務命令は、右の裁量の範囲を逸脱しておらず、正当なものであり、本件業務命令は、労組法七条一号の不利益取扱いに該当しない。

2 被告、被告補助参加人らの主張

分会が本件腕章着用を原告に通告するに至った経過、タンクローリーの洗車やクリーニング作業を分会員に命じた本件業務命令の必要性の欠如、本件乗務拒否による賃金等の減額、原告の分会に対する組合嫌悪の意思等から、本件乗務拒否ないし本件業務命令が労組法七条一号の不利益取扱いに該当することは明らかである。

(争点3について)

1 原告の主張

仮に、本件乗務拒否が不当労働行為に該当するとしても、ノーワーク・ノーペイの原則により、乗車勤務をしていない分会員らに賃金請求権は発生しないから、差額支払を命じた本件命令は違法である。

2 被告、被告補助参加人らの主張

会社の行為が不当労働行為に該当する場合、いかなる救済方法を講じるかについては、労働委員会に広い裁量権が与えられており、本件において、救済方法として差額支払を命ずることは裁量の範囲内であり、正当である。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  一般に、労働者は、労働契約の本旨に従い、勤務時間中はその活動力を労務の遂行に集中させて誠実に労務に服すべき義務を負うものであり、勤務時間中の組合活動は、原則として右義務に違反し、正当性を認めることができない。

2  しかし、この義務は、少なくとも原告のような私企業においては、労働契約上の労務を誠実に遂行する義務を意味するものであり、それ以上の内容を含むものでなく、労働者の使用者に対する全人格的従属を意味すると解すべきでないから、本来の労務に何ら関係のない組合活動であっても、労働契約上の労務を誠実に遂行する義務と支障なく両立し、使用者の業務の運営を具体的に阻害することのない行為については、必ずしも労働者の右義務に違反するものではないと解するのが相当である。

3  前記争いのない事実等に証拠(〈証拠・人証略〉)を総合すれば、本件腕章着用に関し、次の各事実を認めることができる。

(一) 原告は、タンクローリーによる油脂輸送を主たる業務とする会社であり、被告補助参加人らの日常の主たる労務内容は、タンクローリーによる油脂等の取引先での積込み、得意先への運送、積み下ろし等であった。

(二) 分会が原告に着用を通告した本件腕章は、原告が就業規則で乗務員への貸与を規定している作業服の上腕部に付けるもので、幅約一五センチメートルの赤布地に白で「運輸一般」と染め抜いたものであり、具体的な主義主張が表示されたものではなかった。

(三) 分会は、平成三年四月八日の団体交渉の後、原告が本件腕章を着用して乗務することは得意先との関係上好ましくないとの見解を示していたことから、原告に対し、得意先の構内に入るときは本件腕章を外す旨を申し出たが、原告代表者は、ドライブインや道路上で得意先の者から目撃されるなどの営業上の問題があると返答した。

(四) 原告の就業規則には、腕章等の着用に関する規定や、従業員の制服着用を義務付けたり、制服以外のものの着用を禁じたりする規定はなく、また、貸与される制服も作業服という以上の意味を有するものでない。

4  分会は、前記争いのない事実等3項記載の経過により、本件腕章着用による乗務を原告に通告し、さらに、原告の得意先に入るときには本件腕章を外す旨を原告に申し出ていたのであるから、分会が指示した団体示威行為は、タンクローリーを運転して得意先の構内に入るまでの間、本件腕章を着用することと認められるところ、前項で認定した原告の業務内容、被告補助参加人らの日常の労務内容、本件腕章の形状、就業規則の内容、分会が原告に得意先の構内に入るときは本件腕章を外す旨を申し出ていたことに照らすならば、本件腕章着用乗務行為(本件腕章を着用して乗務し、得意先に入るときにはそれを外す行為。)は、被告補助参加人らの労務を誠実に遂行する義務と支障なく両立するものであり、かつ、原告の業務の運営を具体的に阻害することはないというべきである。

分会が得意先の構内に入るときは本件腕章を外す旨を申し出た際に、原告代表者が返答した前記の危惧は、何ら具体性がなく、それをもって本件腕章を着用した乗務が原告の業務を具体的に阻害する根拠とすることはできない。

5  以上のとおりであり、本件腕章着用乗務行為は、被告補助参加人らの労務を誠実に遂行する義務に違反するものでなく、分会の労働組合としての正当な組合活動の範囲内の行為であるということができる。

二  争点2について

1  前記争いのない事実等に証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する原告代表者本人の供述は、前記各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 分会は、昭和六三年に組合員が二名となった時期があったが、平成元年に一一名が加入して一三名となった。

(二) 平成元年六月から七月ころ、原告の当時の鈴木晴男専務(現代表者)は、被告補助参加人四方及び同中村を終業後飲食店に誘い、酒食の提供をしながら、同人らに対し、分会は会社のためにならない、組合を辞めてほしい等の発言をした。

(三) 平成二年二月ころ、原告の当時の北崎社長は、被告補助参加人長野を喫茶店に呼び出し、約二時間にわたり話をして、その中で分会から脱退して新しい組合を結成することを求め、また、同じころ、鈴木専務も、補助参加人中村に対し、喫茶店で約二時間にわたり分会からの脱退を働きかけた。

(四) 平成二年三月ころ、北崎社長及び鈴木専務は、そのころ四国の住友化学に出張中の被告補助参加人長野のところへ行き、新しい組合を結成して分会から脱退するように説得した。

2  前項の認定事実によれば、原告は、分会の組合員数が大幅に増えた平成元年ないし二年ころから、分会の弱体化・解散を望んでいたものと推認できるところ、前記のとおり、分会の労働組合としての正当な組合活動の範囲内の行為と認められる本件腕章着用乗務行為を行う旨の分会の通告に対し、原告がした本件乗務拒否や本件業務命令は、分会に対する差別意思に基づき、正当な組合活動を理由として分会員を不利益に扱ったものであり、労組法七条一号の不当労働行為に該当するというべきである。

三  争点3について

原告は、乗車勤務をしていない分会員らに賃金請求権は発生しないから、差額支払を命じた本件命令は違法である旨主張しているが、本件命令は、労働ないし労働提供したことの対価としての賃金請求権の発生如何を問題としてその支払を命じているものではなく、不当労働行為の制度趣旨に照らし、その救済方法として本件乗務拒否がなかったと同じ状態を回復する趣旨のもとに賃金に相当する金員の支払を命じているものであって、右主張は、採用することができない。

四  結語

以上のとおりであるから、本件命令には原告主張のような違法はなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森本翅充 裁判官 太田晃詳 裁判官 田中俊行)

別紙

主文

1 被申立人は、申立人長野慎治、同吉村英人、同池田年巳男、同中村浩之、同荒尾浩正及び同元川弘行に対し、平成三年四月一六日から同年五月一五日までの間、同人らに対する乗務拒否がなかったものとして取り扱い、各人の平成三年一月分ないし三月分賃金の平均額とそれぞれに支払われた同年五月分賃金との差額に諸掛け二〇、〇〇〇円を加えた金額を支払わなければならない。

2 被申立人は、申立人四方優に対し、平成三年四月一六日から同月二九日までの間、乗務拒否がなかったものとして取り扱い、平成三年一月分ないし三月分賃金の平均額と同年五月分賃金との差額に諸掛け二〇、〇〇〇円を加えた金額に三〇分の一四を乗じて得た金額を支払わなければならない。

3 申立人らのその余の申立は棄却する。 以上

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